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エール ~インタビュー~

矢野 健さん「好きなこと」を積み重ねたら、生涯の仕事となった幸福 どうして放送が聞こえるのか不思議で、自分でラジオを組み立てていたひとりの少年。彼はその頃の好奇心を持ったまま技術畑を歩み、世界一の技術開発をも手がけることに。「好き」という気持ちの積み重ねが導いた、定年後の充実ライフとは。

世界との競争で圧勝だった、 技術立国・ニッポンのパワー

数多くの技術者を抱える大企業NECで長年、圧電(素子トル)の研究を続け、2000年3月に出向先で定年を迎えた矢野さんは、昭和14年生まれの今年67歳。実年齢を聞いて驚くほどの肌つやの良さの秘密は、何よりも楽しく仕事を続けていられることにあると言います。

日経メカニカル

■日経メカニカル

日刊工業新聞社

■日刊工業新聞社

矢野: 大学を卒業してから定年まで、ずっとNECに入社。専門は圧電で、一番大きなプロジェクトは電話の市外回線のフィルターにまつわるものですね。国の通信政策としても非常に重要なプロジェクトだったんですが、当時の日本やドイツには、水晶資源がなかったので、アメリカとはまったく違う技術を編み出したんです。その当時の日本の技術は本当に力がありまして、日本が与えたソリューションが最高だったと思いますね。現在はデジタルになったのでフィルターはいらなくなりましたが、その時は海外から調査団が来て、生産ラインを撮影していったほどでした。それくらい、日本と他の国ではどうしようもないほどの力の差がありましたね。入札もぜんぶ取れてしまうから、輸出もずいぶんしました。世界中が開発競争をしていましたが、敵う相手がいないレベルだったんです。まあこれはアナログの時代の話で、デジタルになったおかげでいらなくなっちゃったんですけれども(笑)。新しいデバイスのニーズはないですか?と聞いても「いらない」なんて言われてしまうようになりました。 とはいえ、アナログの技術者からいきなりデジタルには移れないので、「入力は電気だけれど、出力は別の物理量を利用する」という、圧電の「インパクトプリンター」を開発したんです。苦し紛れに方向転換せざるを得なくて作ったんだけれど、それが結構アピールできてね(笑)。世界に先駆けてNECが開発したものが最高速で、世界初の技術という点でも画期的でした。当時、『日経メカニカル』の表紙になったりもしましたよ。この研究で博士号をいただいたのですが、その時の主査が、今の会社を作るきっかけになった東大の樋口先生だったんです。

退職後、指導する側へと転身。 研究するうちに開けた、起業への道

世界の最先端を歩んだ矢野さんですが、技術者の常として、マネージャー的な視点には興味がなかったそう。定年退職後はのんびりと好きな技術研究をするつもりが、周囲から「起業すべき」との声が沸きあがります。

矢野: 定年退職した時に樋口先生のところへ挨拶にうかがったら、東大の工学部に机を作ってくれたんです。学生の面倒を見たり(その中の一人は現在社員)、当時あった「プリ・ベンチャー」という大学初の新事業の立ち上げをお手伝いしたり。そのベンチャー企業に関わる予定だったのですが、企業としてちゃんと運営したいというプリ・ベンチャーのリーダーと喧嘩してしまったんです(笑)。私は「好きな技術研究をしながら、社会貢献もできればいいなあ」とイメージしていましたので、実はビジネス的なことをやるつもりは余りなかったんです。  ところが、樋口先生のところに企業から持ち込まれる課題に取り組んでいるうちに、どんどん実用方向にシフトしていくんです。「パンチングマシーン作りましょう」「エアバルブやりましょう」などの声にお応えしているうちに関連するメーカーが製品を出すことになり、だんだん遊びではすまなくなってきたんです。きちんとした会社の形でやらなければならない雰囲気になってしまって。樋口先生から「圧電素子応用には将来性があるから会社を興すべき」と助言いただいたこともあり、起業することになりました。

想像だにしなかった起業、そして社長へと第二の人生の舵をきった矢野さん。あれこれと試行錯誤しながら、会社としてのかたちを徐々に整えていきます。

かわさき新産業センター

■かわさき新産業センター前で3人の社員と

 現在、会社は常勤が3人、ぜんぶで5人になります。研究開発だけではお金になりませんから、コンサルタントビジネスが多いですね。ただし、その場合はできあがった技術の権利がお客様側にあり、設計を一生懸命やっても自分たちのものにはなりません。そこで自分たちの製品を持とう、と産まれたのが、「メカトランス」という弊社の商品なんです。 会社があるKBIC(かわさき新産業センター)は、立ち上げたばかりの技術系の会社や、新しい分野に展開する会社をバックアップするところ。川崎市と市の産業振興財団が起業しやすい環境を提供してくれますので、仕事をする環境としては最高ですね。ここにいられる期間は決まっているんですが、正直、卒業したくない(笑)。いずれ何らかの形で川崎市に還元できれば、と思っています。  仕事の具体的な内容は、言えない話ばかりですよ(笑)。こちらから「こういうものを作りましょう」と提案することはなく、研究したものを展示会に出品して「用途はお客さんのほうで考えてください」と委ねる(笑)か、お客さんからのリクエストに応えて研究開発するか、のいずれかです。NECの時には特許も多く獲得しましたが、すべて切れていますので、今、新しく出直している感がありますね。
かわさき新産業センター

■かわさき新産業センター

60歳までは、人生の準備段階? 今が本番と思える、充実仕事ライフ

定年前に思い描いていた「定年後の姿」とは、まったく違うものとなった矢野さんのセカンドライフ。仕事にも趣味にも全力投球の毎日で、やりたいことを120%満喫できているようです。

矢野: かつてはね、60歳までが本番であとは余生じゃないかと考えていたんです。でも今はまったく違う。今が本番なんですよ。会社に属していると、どうしても歯車の一部ですから自分の思うとおりにはできない。今は自分のやりたいことしかやらないですから。ひょっとすると、60歳までは現人生の準備段階だったんじゃないかと思うくらいに楽しいですね(笑)。最近何かで見たんですが、日本では「シルバーエイジ」と言われる60代の人って、アメリカでは「ゴールデンエイジ」と言われるんだそうです。子供たちは独立しているから責任はないし、年金があるから生活費の心配もない。経験があるし、人脈もある。やる気さえあれば、いちばんやりやすい時期なんだ、と。その通りだと思いますね。20年前だったら僕もあれこれ考えてしまって起業なんてできなかったと思います。60歳になっているからこそできることってあるんですよ。  会社を始めるにあたって家族には相談せず、事後承諾でした。女房は諦めてますね、いつもあなたは相談してくれない、と言って(笑)。だけど後で説得して取締役になってもらいました。女房は山と花が好きだから土日はアウトドアライフを満喫しているし、私は鎌倉の市民オーケストラでコントラバスを弾いているから、生活のすべては「自分がやりたいこと、好きなこと」で成立している。オケでは頭をぱっと音楽モードに切り替えるんですが、こうやって別のことに集中する時間って、技術研究にもいい影響をもたらしてくれるんです。  今になって思い返してみると、NECに在籍していた50歳前後には、ずっと技術と対峙している自分のあり方に疑問をもったこともあったんです。同期の仲間は管理職、事業部長クラスになっていく中で、自分は技術畑一辺倒でいいのだろうか、と。そんな時に新聞で読んだ徒然草の一節に救われたこともありましたね(※画像あり)。でも、今、当時の仲間はほとんど仕事していないんですよ。会うと「まだ仕事してるの?」「何やってるの?」って言われます(笑)。

プロフィール

メカノトランスフォーマ

代表取締役 矢野 健

昭和14年生まれ。早稲田大学理工学部で電気通信を専攻後、NECに入社。最先端の技術開発に携わり、世界初・世界最速のドットインパクトプリンターなど数々の革新的技術を世に送り出す。定年退社後、その技術と知識を惜しまれメカノトランスフォーマを設立。

会社概要

メカノトランスフォーマ

〒212-0054 川崎市幸区小倉308-10 KBIC233

TEL:044-580-6086

FAX:044-580-6087

団塊ワーカーへの10の質問

あなたにとって仕事とは何ですか?
人生のすべてとは言えないが、自分の人生でもっとも大切なことのひとつ。

定年前の仕事と現在の仕事は関係ありますか?
バッチリそのまま。

年齢を重ねた上で、新しい仕事を始めることの強みとは?
子供も独立し、年金をもらっているお陰で精神的にも金銭面でも余裕がある。独立するには最高の環境。

仕事をする一番の理由は何ですか?
社会に対して、つながりを持ち続けたいという思い。死ぬときに、自分なりに何かを成し遂げたという気持ちになりたいから。

現在の仕事はどうやって見つけましたか?
樋口先生の紹介が80%。

「定年後は仕事をしない」という選択肢も検討しましたか?
最初から何かやろうと思っていた。実際に、今の仕事の前にも単身赴任で研究職に就いていた。

現在の仕事はいつまで続けるつもりですか?
動けるうちは続けたい。

年齢を重ねていく上で、大変だと思うことは?
あまり大変だと思ったことがない(笑)

現在、生活のハリとなっているのは何ですか?
お客様とのつながりや、大学から続けている趣味のオーケストラでコントラバスをやっていること。

これから定年を迎える人に、一言。
社会貢献を心がけていければいいと思う。坊主とベンチャーは3日やったら止められない。